Essay

竹修業グリーンランドひとり旅

グリーンランドにて とにかく生きるきびしさ、たくました、しぶとさ、喜び、そんな強い生命力というか、あるがままの命の輝きの世界を、そして色のない世界を満喫して帰ってきましたが、その生命力というのは、竹にもつながるもので、本当に勉強になる旅でした。
 息のながい画家になるには、若いうちに出来ることを出来るだけやりたいし、それを心で思うだけでなく、実践に結びつけて行きたい。
 今回のグリーンランド行きにしても、周囲からずいぶん反対されましたが、私は思い込みの激しい性格で「何事もやれる、やれると思っていれば、それは実現できる」と思うのです。
年とともに頭は大人になりますが、心はいつも好奇心いっぱいの子供でいたい。今回は夏のグリーンランドでしたので、次回は冬のグリーンランドに訪ずれてみたいと思っています。真冬の3ヶ月間、一日中太陽が出ないという暗黒の季節の暮らしがいったんどんなものか、マイナス30度から40度の世界、もう今から楽しみです。
 今度は野菜の種を持っていくつもりでいます。
グリーンランドにて 向こうでは、野菜類は全て輸入で、野菜は育たないという先入観がありますが、太陽の出る季節は高山植物も咲くので、野菜が出来ないはずはないと思っています。
エスキモーの人達の野菜を少しでも補うことが出来たらとても幸せに思います。
 「京都の竹」と「グリーンランドのイヌイット」。
たくましく、しぶとい生命力。その命の輝きに深いつながりを発見したような気がしてなりません。

 
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